ひらのーと

≫【ちょっとまじめに、思ふ事】

女性専用車両でトラブルって法的にはどうなんだろうか。

女性専用車両に男性数人が乗り込みトラブル。通勤ラッシュ時の千代田線が12分遅れる(ハフポスト日本版)- Yahoo!ニュース

「女性専用車は、女性のお客様のほか、小学生以下のお客様、おからだの不自由なお客様とその介護者の方も乗車できます」
「女性専用車両のルールには法的強制力はなく、このルールでお願いしますとご理解を求めているもの」

この矛盾した状態、そろそろ何とかしないといけないのでは?
法的拘束力のない女性専用車に男が乗ってトラブルになるというのは私刑のようで実に気持ち悪いのは私だけでしょうか?

また、「女性活躍」とやらやLGBTQなどの観点から別の問題やトラブルがそろそろ出てきそうな気もしています。

さらには「痴漢をはじめとする迷惑行為の抑止」と広告料の関係なのもわかるけど。
痴漢は悪いが、一方で痴漢冤罪詐欺も悪いわけで、「男が痴漢をする」というわかりやすい構図にだけ触れて、広告料に触れない状況も別の意味で気持ち悪いものです。
広告業界も正々堂々と広告料収入を理由に挙げればまだ女性専用車両への反感は和らぎそうなものなのに。

恵方巻がヒールになっている件

恵方巻きの大量生産「もうやめに」 発信したスーパーの思いを聞いた - ITmedia ビジネスオンライン

年中数々のイベントがある中でなんで恵方巻だけが食品廃棄の象徴のように叩かれているのか意味不明。
大手チェーンにあるとされるノルマの問題やそもそも欠品が絶対出ないように作ろうとすることが問題なはず。節分に予約なしで恵方巻が買えなくても当然でそれで怒ることが筋違いというのが本来のはず。
少し激しい表現をすると、欧米の文化は適当にアレンジしてほいほい取り入れる一方で国内は関東文化が全てだという典型的な日本人が、関西では昔から続く風習を最近知って、新参者のように扱いたい感情の爆発のようにも感じますね。

私は関西の土地への愛着はもはや全くなく完全に神奈川・横浜に根付いていますが、関西の文化は好きだし関西以外の各地にも大切にしたいものがあります。
完全に横浜生まれ横浜育ちになるであろう自分の子供にも横浜や東京だけが日本の全てではないことは伝えていきたいと思っています。

ただし、地元の公立高校から横浜国立大学か横浜市立大学に自ら望んで進学してくれれば親としては経済的にはありがたい…とはいえ立命館に憧れてくれればそれはそれで親の背中を見てくれていてうれしい…複雑(笑)
最後、何の話だ?笑

権利と義務

日本人の有休消化率 「他国圧倒」の世界最下位に衝撃 - ライブドアニュース

ああ、今朝の日テレで唐突に有給消化の話をしていたのはこれか。
このあたりの話は大学院でかじっている分野なので長文は避けますが、働き方変更ではなくて働き方「改革」と言うからには本気でやるなら根本的に変えないと何も変わらないと思います。

・使用者は社員は会社のためだけに存在するわけではないことを意識して、一枚岩ではなく労働の単位をなるべく小さくする。小手先の措置ではなく、社員が(義務の履行を前提に)粛々と権利をフル行使しても耐えられる制度を設計する。
・労働者は会社の指示通りに動いて給料が降ってくる感覚を捨てる。労働力供給者として、使用者と対等に取引をする。そのためには義務の履行と権利の行使は厳格にする。自分の価値を維持するために投資もする。
・全員が「お客様は神様」という感覚を捨てる。もちろん消費者側も。
・(労働者としての義務を履行することを前提に)副業禁止は禁止。副業(複業)するもしないも個人の幸福追求。←これは私の頑なな持論。

働き方改革は労働者にとっては甘いことだけのようにとらえられがちですが、労働者にも相応の負担と義務があることが前提になると考えています。

以上、何だかんだ長文になっちゃった😅

いつまで和暦にこだわるのでしょうか。

新元号、いつ発表? 天皇陛下の退位日と合わせて菅官房長官が語ったことは…

和暦の元号が好きな人もいるので、無くせとは言いません。
でも、生活に影響の大きい(割に国内だけでどうにでもできるし、どんな元号になっても大きく状況が変わるわけではない)問題でこんなに揉める合理性はどこにあるのだろうか…
それだけ影響の大きいことが、いつ終わりいつ始まるかわからない仕組みの上に乗っているというのは理解できないところです。

まず、「2019年度からは公務も含め西暦を標準とする」ことだけを先に決めてしまうというのはできないのですかね。

2018年度1年間はシステム変更に充てられるし、ある日突然元号が変わるよりはシステム会社の業務集中も緩和できると思うのですが。
カレンダー業者も、元号を使うような趣味のカレンダーは次の元号決定まで動かせないにしても事務的な分野の製品は作れるのではないでしょうか。

元号をなくすのはドラスティックですが、役所が決めれば何でも従う日本人の特性をこういうときこそ発揮して不合理はなくせないものですかね。
文化的・趣味的なものに業務が振り回されるのはもうやめにしませんか。

かく言う私は完全に西暦で仕事をしているので他人事として想像の部分もあります。(就活の時にそこそこ高い条件に「西暦を使っている職場」を設定して各社人事の発行する書類に注目していたこだわりがここにきて自分を助けてくれているようです。)
和暦を使わざるを得ない職業の方はどうお考えなのでしょうか。

内の目線と外の目線

博多や天神から地下鉄で5~10分程度でアクセスできる福岡空港。


滞在最終日に大きい荷物を街中のコインロッカーに入れるぐらいなら、ちょっと早起きして地下鉄一日乗車券を買ってチェックインしに来た方が効率的な立地です(LCCの場合はあまり早くにはチェックインできないのでご注意を)。

県内・市内だと近さ故に犠牲になっていること(騒音とかビルの高さとか)もあるでしょうが、県外の目線で見てしまえばこの利便性は本当に福岡の武器だなと思います。

この利便性を享受する度に思い出すのが「東京(成田)」の後に「(笑)」を付けたくなるような距離感です。
国内的には様々な事情があるのもわかるけど、国外から見たら、当然アジアのハブを仁川に持って行かれるわなぁと考えてしまいます。

小中高に平日休みを!

ある母親が“皆勤賞”を取った息子を授賞式に出席させなかった“優しい”理由 - Be inspired!

記事の趣旨とはずれますが、小中高校って月一ぐらいで日曜日に授業をやって平日休みでも良いと思うんですよね
(もちろん、全国一斉ではなく学校ごとにバラバラで。全校バラバラが無理でも公立ならせめて市・県レベルまで)

よく部活が長時間労働の基礎を若者に植え付けているといわれていますが、それ以前に授業が月~金(土)固定というのも働き方の固定につながる感覚だと思いますし、お父さんお母さんの平日休みにも合わせられるだろうし、先生の働き方にも関わる問題ですし。

大学は目標設定から時間割設定から実行まで自己責任の伴う部分が大きいですが、小中高はほぼ自由のない時間設定で、また公に理由のない自主休講を認めるわけにもいかないでしょうから、月一はみんなで平日に休むぐらいが現実的なのではないかと。

南・西・扇町総合合同チーム

高校野球大阪大会。
母校の南高校は西・扇町総合との合同チームで出場。
この3校の再編検討のニュースは聞いていますが、もう決まったのですかね?
どんどん既成事実化していきますね。

時代は変わりゆくので何が何でも再編反対という立場ではないですが、現状では特色のある3校の統合で特色がならされてしまう印象があります。

で、ちょっと調べてみたら、市立高校の教職員組合はやっぱり反対しているという構図なようで。
組合というのはそういうものですが、簡単にそのような意見表明が見つかるぐらい発信されているということはやはり、大多数がすんなり受け入れているという状況でもないのも事実でしょう。

文化面の魅力や、大学も含め母校があるというつながりは今でも強く感じるものの、ある時点から生活の拠点としての関西に魅力を感じなくなってしまい、最新の動向も新聞報道で知る程度ですが、大阪都構想の変形再燃より前に大阪市がアイデンティティを残そうとしているように見えてしまうのは考えすぎですかね。

大阪市のアイデンティティに母校を選んでもらったのは光栄といえば光栄ですが。

有森さんに質問

オリンピックはいつからそんなにエラくなったの?有森裕子さん

ん?東日本大震災よりも前から招致活動はやっていて、2016年大会も目指して負けてませんでしたっけ?
2020大会を目指すにあたっては復興がテーマになっていたかもしれないけど、東京がオリンピック開催を目指す思想全体からすると、もともと後付けだと思っているのですが……

いずれにしても花の都大東京様は立派なビジョンをお持ちなのでしょうから、他の県に一部費用負担させようとかそんなケチ臭いことを考えずに自分の責任でやりなさい。
私の本音を言うと、オリンピック招致なんてそもそも東京が言い出して突っ走ったことなんだから、他県開催分の警備費から人件費から何から何まで全部東京に負担してもらって、まだ使用料を東京からもらって、それで神奈川県内の施設を貸してあげるぐらいで良いと思っています。期間中街が混乱する引換に経済効果をいただくイメージ。もちろん国のお金も入れてほしくないです。

父の日を前に考える「早期父不在」

明日は父の日です。
今年は例年より父の日の扱いが大きい気がしませんか!?
気のせいかな?笑

さて、先日、論文を検索していると興味深い論文を見つけました。

余田 翔平、林 雄亮「父親の不在と社会経済的地位達成過程
http://ci.nii.ac.jp/naid/130004677357

「早期父不在」はライフデザイン・キャリアデザインの観点からも考えられるでしょうし、教育学の観点からも、社会学の観点からも考えられそうです。
この論文では教育達成と初職達成を出生年コーホートの中の父存在群と父不在群で比較分析されています。
本文中結論から表現を拝借して内容をまとめると
・高校進学率における教育達成格差はほぼ解消されたが、短大以上の進学機会は近年拡大
・その教育達成水準における父不在の不利は就職に持ち越されて、専門職・大企業ホワイトカラーを初職とする割合では有意な差がある。
とのこと。


29歳大学職員の私としては考えることは、
大学職員としては「意欲と能力があるにも関わらず大学で学ぶ機会に恵まれない状況」をいかに減らすか
(将来的になると仮定して)父親としては自分の子供の選択肢をいかなる状況においてもなるべく多く確保するか
です。

論文中でも可能性を指摘されているように早期父不在と教育達成、初職達成に因果関係を証明するのは難しいように思います。
「早期父不在」と言っても子供の物心の中の父親存在有無や、離別後の接触頻度によっても子供の意識や課題設定は異なってくるでしょう。
また死別なのかその他の何らかの事情による離別なのかによっても子供の意識は異なるでしょう。
父不在で想定されやすいのは金銭的ハンデですが、仮に母親がハンデにならないぐらい稼いでいれば解消されるでしょうし、それぐらいのいわゆる「バリキャリ」な母親をひとり親として持つことによってより強いキャリア意識を子供が持った結果、教育達成・所職達成が促進されることもあるでしょう。

相関関係が認められないとすると、私の意識はいかなる状況においても、学業や就職への父存在・不在の影響を少なくするかに移ります。
私の基本的な価値観としては
本人の努力は大きく影響するべきであり、本人により操作できない状況は影響すべきでない
というのを持っています。
簡潔にいうと
やりたかったらやる、やりたくなかったらやらない、それでどうなっても自分(その人)次第
です。

昨今話題になっている高等教育無償化の是非は別の議論として、
高等教育を受けるためのコストは本人負担(出世払い)の制度にしていくべきでしょう。
仮に高等教育を無償化するぐらいの財源を確保できるのであれば、奨学金の返済額設定をフレキシブルに変化させる制度を導入するべきではないでしょうか。
高等教育に携わる立場と高等教育を受ける立場の両方を持つ私としてはやはり高等教育を受けることは「投資」です。
回収の見込みが全く立たないのであれば必要性を再考しなければならないし、投資をするからには回収しなければなりません。
それに今から奨学金を給付制にしたり高等教育を無償化したりしたところでそもそもの議論のきっかけとなった世代の奨学金返済(※)の苦労はなくなりません。
本人の意思で学び、その後大きく成功して裕福になればきっちり奨学金を返済してもらえれば良いですし、本当に返済が難しいのであれば猶予ではなく免除とするというのが本来のあり方だと考えます(あくまでも高等教育無償化する財源があるのであれば、の話です)。

※奨学金は「返還」と表現されますが、私はあえて「返済」としています。

そして、父親としては。
私もいつ不慮の事故で死ぬか、いつ稼げなくなるかわかりません。離婚しないとも限りません。
これは内田樹著「困難な結婚」の「幸せになるためではなく不幸にならないために結婚する」考え方に非常に共感する部分でありますが、結婚するならやはり共働きでバックアップ体制を作っていきたいですね。
ジェンダー論的な男親女親の役割でいうと全くないとは言いませんが、私の場合は夫婦間での役割の逆転がしばしば起こるでしょうし、両親が両方をある程度賄えることで何かの要因で片親になっても影響を最小化できるようにしていきたいとも思います。

久々の投稿、長くなってしまいました。
土曜日の大学図書館もそろそろ閉館なのでこのへんで(^_^)/


人工知能にワクワク

就活、AIで書類選考 : 日本経済新聞

必然の流れだと思いますが、どんなポイントをどんな基準で見ているのか、人力とは違うのか、蓄積が増えたところで検証してほしいところ。(直接的に人事の仕事ではないけど、ワトソンの利用拡大を見据えたビジネスとして。)

手書き賛成・反対派とか、文字から伝わる熱意がどうの、とかいう情緒的な部分を排除できるのかあるいは人工とはいえ知能がそのあたりを考慮しはじめるのかとか、かつて人々が鉄腕アトムを見るときに感じたのかもしれないワクワク感を感じました。

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ひらっついったー

プロフィール

平野優貴

Author:平野優貴
1987年生まれ。2010年立命館大学政策科学部卒業、東京の私立大学に入職。2017年法政大学経営学研究科入学、兼業大学院生に。
大学在学中は学生FDスタッフとして教職学協働の活動に参加し「学生と生徒」の違いについて考えているうちに大学が職業になる。
入職後キャリアセンターへの異動をきっかけにキャリア形成や人的資源管理などといった分野への関心が強まり、経営学研究科への進学を決意。
プライベートでは横浜を愛し、趣味は野球観戦(イーグルスとベイスターズ)、旅(台湾好き)、献血、カメラ、マラソン、スタバ巡り、ペーパーレス化、等々。
(2017年8月20日更新)

※当ブログの内容は個人の見解・日常の記録です。あらゆる所属組織の見解とは一切関係ありません。
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